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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2014/08/14

YVES SAINT LAURENTイヴ・サンローラン

(C)WY productions - SND - Cinefrance 1888 - Herodiade - Umedia


スタイルの永遠とサンローラン

“La mode se démode, le style jamais.”「流行は廃れる。けれどスタイルは不変。」

コルセットから女性を解放し、パールなどイミテーションのジュエリーの価値を新たに確立したココ・シャネル。

“Les modes passent, le style est éternel.”「流行は変わっても、スタイルは永遠。」

シャネルの言葉と共鳴するフレーズを遺したのが、「モードの帝王」と呼ばれたイヴ・サンローラン。流行が一過性の現象として、消費されるものであるなら、スタイルは着る者の個性やライフスタイルと深く結びつき、時の流れの中でオリジナルの輝きを失うことはない。イヴ・サンローランが発表した革新的なコレクション、画家ピエト・モンドリアンの作品からインスパイアされた“モンドリアン・ルック”や、女性がタキシードを着用する“スモーキング”などは、モード界の歴史を塗り替えるスタイルとなった。


 映画『イヴ・サンローラン』に、ファッション的な興味からアプローチする人々が多いことは想像に難くない。1957年、21歳でクリスチャン・ディオールの後継者として華々しいデザイナー・デビューを飾ってからのクリエイターの半生を描いた本作は、イヴ・サンローラン財団初公認作品という「ブランド力」を持ち、財団が所有するアーカイヴ衣装の貸し出し、サンローランにゆかりの深い場所でのロケーションといった特権を受けて制作された。ディオールから継承したエレガンスから、サンローラン自身のスタイルが確立されてゆくプロセスが、デザイン画を描く姿、再構築されたデフィレ(ファッションショー)の場面などから浮かび上がってくる。プレッシャーと戦いながら、神経を擦り減らせて行くサンローランが、人気モデルだったヴィクトワールを解雇するシーンでは、優美なまとめ髪に、しっかりとアイラインを描いたメイクに象徴されるサンローラン以前の女性らしさが、パンツスーツを着こなす新世代の女性らしさに取って代わられることを予感させる。


 モードとカップル


 モードなディテールにはこと欠かないが、本作は単にリュクスなセットや衣装を披瀝したり、ファッション界の裏側を暴くことに充足するような「ファッション映画」ではない。作品の前半からラストまで、語りの中心を担うのは、サンローランの公私にわたるパートナーであったピエール・ベルジェであり、現在から過去を振り返る彼の肉声に沿う形で作品は展開する。モード関係者や社交界の花形を中心とした登場人物たちを取り巻く環境は、一見、華やかなものだが、作品は二人の愛と確執、「君なしでは生きられない、けれど君とは生きられない」というカップルの古典的なジレンマから切り離すことはできない。デザイナーとして成功を収めれば収めるほど、ファッション業界の過酷さに精神的に追いつめられるサンローラン。ベルジェとのステディな関係に安住できず、ドラッグや別の相手を求めては刹那的な快楽に屈してゆく。


 サンローランをめぐるふたつのフィルム


「モードの都」を舞台に、唯一無二の才を持つクリエイターのキャリアとプライベートを、そのキーパーソンを介して描いた本作は、あからさまな偶像破壊に走ることもなく、非常にバランスのよい仕上がりになっている。サンローランをめぐる分かりやすい「光」と「影」のパーツで構成されている。同時に、その「優等生ぶり」に若干の物足りなさを覚えないわけではなかった。かつて、サンローランとベルジェが暮らした室内のモノクロ写真を見たことがあるが、装飾品のチョイスやオブジェの配置、その空間性からは、凡人ではそこに住まうことが息苦しくなるかもしれないほどの美意識の透徹ぶりがうかがえた。見る者の感性を不意打ちするような佇まいや存在感。計算された演出を逸脱するアクシデントの魅惑。そういった要素がさらにプラスしてあれば、天才と呼ばれる人物に迫る映画のダイナミズムや生々しいエネルギーがもっと感じられたのではないか。


 これが長編3作目となる監督ジャリル・レスペールは、映画作家としての独自のスタイルで魅了してくれるとは言えないが、サンローランにまつわる「正統な」作品を作った。これに対し、フランスで話題になったのが、企画について事前の相談もなく、ベルジェを怒らせたというベルトラン・ボネロによる非公認の『Saint Laurent』。ある意味ロックな作風を持つボネロ監督のサンローランは、メゾンの現クリエイティブ・ディレクター、エディ・スリマン(「イヴ・サンローラン」を「サンローラン」という名称に変更)とともに進化するYSLの世界に近いのではないか、など勝手な妄想がふくらむ。日本でも両作品を見比べることができればよいが。

(C)WY productions - SND - Cinefrance 1888 - Herodiade - Umedia



『イヴ・サンローラン』  YVES SAINT LAURENT

9/6(土)より角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネマライズ他全国ロードショー



フランス/2014年/上映時間:1時間46分


公式サイト:http://ysl-movie.jp/




【キャスト】


ピエール・ニネ(イヴ・サンローラン)


ギョーム・ガリエンヌ(ピエール・ベルジェ)


シャルロット・ルボン(ヴィクトワール)


ローラ・スメット(ルル・ド・ラ・ファレーズ)


マリー・ドビルパン(ベティ・カトルー)


ニコライ・キンスキー(カール・ラガーフェルド)




【スタッフ】


監督:ジャリル・レスペール


製作:ワシム・ベジ


脚本・脚色:マリー=ピエール・ユステ、ジャリル・レスペール、ジャック・フィエスキ


原作:ローレンス・ベナム著『イヴ・サンローラン』


撮影:トマス・ハードマイアー


美術:アリーヌ・ボネット


衣装デザイナー:マデリーン・フォンテーヌ


音楽:イブラヒム・マルーフ


配給:KADOKAWA

 

(C)WY productions - SND - Cinefrance 1888 - Herodiade - Umedia
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