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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2015/10/29

Full Contact『フル・コンタクト』(第28回 東京国際映画祭、コンペティション)

© Lemming Film 2015

  『フル・コンタクト』の主人公、アイヴァンは一見、虫も殺さぬような青年だ。実際、ネバダ州の砂漠の真ん中、残りの世界から隔絶したような空軍基地で、モニターに目を凝らす彼は、手にとまって血を吸う蚊を叩き殺すことはない。蚊に注意を傾ける余裕もなく、注視するモニターには、イスラム勢力の要人が映し出されており、ドローンを操作し、遠隔でターゲットを爆撃することが、アイヴァンの任務だ。文字通り、戦場の血も涙も、殺害する相手の息づかいさえ感じることのない戦争のあり方。キーボートを叩く音だけが響く、静寂のうちに繰り返される殺戮。『フル・コンタクト』は、そういった戦争のあり方を直接批判する映画ではなく、ドローン爆撃のPTSDに苦しむアイヴァンの心の深淵にアプローチし、フィクションと現実の境界が薄れ行く世界の実在性に迫る。

 ナチュラルで暖かみのある色彩を排し、冷たく無機質な色調にまとめられた画面と最小限のダイアローグで構成されたフィルムは、抑制の効いた、ストイックな美意識をのぞかせる。最も分かりやすい作品世界における現実(アイヴァンが軍人として任務を果たし、孤独に自由時間を過ごす場面など)から、フィルムは位相を変え、抽象的な時空間が展開してゆく。同時に、血や身体性、アイヴァンにとって現実だった世界に欠落していた要素が強く描かれるようになる。この点に関しては、作り手の観念的な操作、ヴァーチャルvs肉体というシェーマがやや気にならないこともない。具象的な世界にとどまりつつも、PTSDの底知れない闇と破壊性を示唆することは選択肢として不可能ではないからだ。もっとも監督のとった方針に破綻はみられない。ストリッパーとして出会ったシンディとアイヴァンのアメリカンダイナーでのシーンの血の通った哀しみが心に残る。クレール・ドゥニ作品での記憶を更新する主演のグレゴワール・コランのまなざし、ブラックホールから生還した人間のようなインパクトのある佇まいにも強く惹かれた。


『フル・コンタクト』Full Contact

2015年/オランダ=クロアチア/105分

【キャスト】


グレゴワール・コラン(アイヴァン)


リジー・ブロシュレ(シンディ)


アル・ザイーム(スルマヌ・ダジ)


【スタッフ】


監督・脚本:ダビッド・フェルベーク


撮影監督:フランク・ファン・デン・エーデン


音響:ペーター・ワルニル


作曲:デヴィッド・ボルター


編集:サンダー・ヴォス


美術:マリオ・イヴェジッチ


衣装:ゾラナ・メイチ


ヘア・メイク:アナ・ブライチ・ツルチェック


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