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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2014/11/21

ISPYTANIE (Tokyo International Film Festival, Competition)『草原の実験』(東京国際映画祭、コンペティション)

© Igor Tolstunov's Film Production Company

 

 静謐な雄弁さ

 ふかふかの白い物体を枕に大男が昼寝をしている。画面が切り替わると、俯瞰ショットで男が羊のお腹に頭を預けて眠っている全体像が提示される。冒頭の数ショットで、『草原の実験』は作品のトーンを決定づける。寸分の狂いもないかのように入念に選択されたフレーミングとアングル、画面構成。ひとつひとつのショットが、写真集のページを静かにめくるように展開してゆく。静謐さは、印象論のレベルにとどまらない。本作には、ダイアローグが一言もない。無声映画ということではない。登場人物たちの息づかい、草原の風、さまざまな水の様態を描写する音…サウンドはニュアンス豊かに、重層的に構築されている。無理やり作品から台詞を奪ってしまったというよりも、登場人物たちのコミュニケーションに言葉が介在しないことがすんなりと受け入れられる。


© Igor Tolstunov's Film Production Company


 大草原に忘れ去られたように建つ小屋に住んでいる少女ジーマと父親のトルガ。どこかに働きに行っては帰る父の身の回りの世話をしながら、淡々と日常を送るジーマに想いを寄せる地元の少年カイスィン。ある日突然、白人の青年マクシムが少女の前に現れる。それぞれのやり方で想いを伝える二人の少年とジーマの微笑ましい三角関係。平穏な日々の均衡は、銃を持った男たちの乱暴な来訪によって打ち破られる…カイスィンの手から放たれた水が、岩の上でたちまち蒸発してしまう瞬間。ジーマが住む世界にとって、いかにもエキゾチックな存在に映るマクシムが、彼女の写真を撮影し、小屋に投影してみせるシーン、青空にはためく洗濯された二人の衣服など、一見「素朴な」ストーリーだが(脚本らしい脚本はわずか3ページだったという)、見る者の視覚、聴覚はもちろん触覚に訴えかけるショットの連続に、弛緩や退屈を覚えることはない。フィルムが進行するにつれて、作品世界はますます深みと広がりをましてゆく。ジーマ役が初の映画出演となった14歳のエレーナ・アンの真っすぐな視線、人生のある時期だけに存在が放つ輝き、フィルターのかかっていない美しさも見る者を引きつける。


 映画のエッセンスと向き合った、稀有な達成


 予想だにできないラストは、カザフスタンで現実に起こった出来事(隠蔽された核実験)からインスパイアされているが、ファンタスティックな世界を装った「文明批判」のフィルムではない。エモーションを押し殺した「アート映画」でもない。現実に存在する事物をまなざすこと、耳をすませること。また、ショットとフレームで構成されている映画の本質的なあり方。そこに真摯に向き合った映画作家による稀有な達成である。

『草原の実験』ISPYTAINE

ロシア/2014年/上映時間:96分


【キャスト】

エレーナ・アン(ジーマ)

ダニーラ・ラッソマーヒン(マクシム)

カリーム・パカチャコーフ(トルガト)

ナリマン・ベクブラートフーアレシェフ(カイスィン)


【スタッフ】

監督/脚本:アレクサンドル・コット

撮影監督:レヴァン・カパナーゼ

プロデューサー:イーゴリ・トルスツノフ

共同プロデューサー:セルゲイ・コズロフ、アンナ・カガルリーツカヤ

美術/衣装:エドゥアルド・ガルキン

音楽:アレクセイ・アイギ

音響:フィリップ・ラムシーン

編集:カラリーナ・マチエーフスカ


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